炊飯器のこれまで
「電気を使用して飯を炊く」と言う発想自体は古く、旧日本陸軍が1937年に制式採用した九七式炊飯自動車には炊飯櫃という原始的な電気炊飯器が装備されていた。これは四角い木製の箱の両端に電極を付けたものである。炊飯櫃の中に研いだ米と水を入れて電極に通電すると、中の水が通電により発熱して炊飯を行う。そして米が炊きあがると、水分が減少するため抵抗値が上昇して発熱量が少なくなり、そのまま保温に移行すると言う原理であった。しかし、この方式では水の種類や米の研ぎ加減によって発熱量が変化して炊き加減がばらつく上に、感電の危険が大きく、家庭用とするには不向きであった。
家庭用の電気炊飯器は、初期の開発中のものは、単にヒーターで加熱し一定温度になると切れる、という単純な構造のものであった。だが、この方式では外気温の影響を受けやすい(加えて日本では四季により季節の寒暖の差が激しい)ことから、米が生煮えになることが多く、未完成品であった。各メーカーは失敗続きのまま、試行錯誤を繰り返していた。この段階ではおひつの中に電熱線を入れ込んだ試作機すら見られた。
最初に実用的な電気炊飯器を発明したのは、東京の町工場である「光伸社」の三並義忠である。釜を三重化する方法を採用することで、実用的な炊飯が可能となった。(これは空気の層による保熱機能で、温度を高めるようにしたもの。)
やがて1955年に自動式電気釜という名で東芝から製品化されたときには、「二重釜間接炊き」という方式が導入された。これはバイメタル技術を利用したもので、自動式で電源OFFにする機能である。このおかげで、いったん電源ONにすれば、あとは自動的に電源OFFになるので、炊飯中に常時見張っている必要がなくなった。さらに、自動的に電源ONになるタイマーも別途併売された。これらにより、電源のON・OFFが自動化されたので、いったんタイマーをかけておけば、夜眠っている間に炊飯されて、朝起きたら炊き上がっているようになった。全自動化されて便利だったため、電気釜は大ヒット商品となった。
なお、電気釜の開発と自動化の開発が混同されたり、電気釜の開発と電気釜の製品化が混同されるなど、「東芝が電気釜を開発した」という誤解も世間では広がっているが、これは正しくない。東芝は電気釜の開発過程では、光伸社に協力はしたが、主導したわけではない。
後の1956年には、松下電器も電気炊飯器を製品化している。松下電器製のものは鍋と釜を二層構造とする事で、比較的外気温に影響されない炊飯が可能であった(この方式を二層形電気釜という。その後二層形は炊飯に時間がかかることや消費電力が大きい欠点があり、1960年代以降は次第に廃れていった)。
この当時の炊飯器は保温機能を備えておらず、最後におひつに移す作業が必要で、またすぐに冷めてしまっていた。そうした中で、象印マホービンが1965年に半導体による電子制御の保温機能を備えた電子ジャーを発売。同商品は年間200万個を売る大ヒット商品となった(開発の際には、もう米を見るのもイヤになった開発者もいるという)。その後、三菱電機が1967年に保温機能を備えた炊飯器を発売する。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
電気炊飯器ってとても便利ですね。日本製のものが一番良質なようですね。
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